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よんでみる{ magazine Vol.20 }
Update on 2016.10.26

森にスケッチを描くように ワクワクするアイテムを創りだす

特集レポート[バルンバルンの森 田代和徳さん・じゅんこさん]大分県中津市

手つかずのキャンプ場で出会ったのは
目を奪うほど見事な桜の木。そこから夫妻の
「森を楽しい場所にする計画」がスタートした。


惚れた森をこつこつ整える。二人の暮らしも変わってゆく

荒れ果てたキャンプ場を淡いピンク色に染める、大きな桜の木。その圧倒的な景色に一目惚れしてから、田代和徳さんとじゅんこさん夫妻の人生が一変した。

和徳さんが車の整備関係の仕事をしていたため、結婚後5年間は中津市内に住んでいたが、家業の林業に携わることになり本耶馬渓地区に移り住んだのは1999年。その年に、近所のおじいちゃんから言われた「キャンプ場をやってみないか?」という言葉が、夫婦の暮らしを変えた。

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「いまとなってはそのおじいちゃんとどういうシーンで出会ったのか、なぜ話したのかおぼえてないんですよ」と和徳さんは狐につままれたようなエピソードを話す。


そのキャンプ場とは、中津市洞門キャンプ場。現在では合併により中津市となったが、当時は耶馬渓町の管轄だった。「大分県はもちろん、中津でも不人気なキャンプ場で。ゴミだらけでお客さんも少ないし廃園寸前でしたね」

しかし、2人の心には「ここで何かしたい」という思いが芽生えていた。町に計画書を何度も出し、まずは夏だけ営業して場内を手直し。気がつけば3年がたっていた。

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正式に2人がキャンプ場の管理委託者になったのは、2002年。
「看板を変えて草刈りをしてゴミを片付けて。少しずつ育てていきました」


秋にはあたりを紅く染める大きなカエデのそばに、ツリーハウスやテラスをつくり、目の前に青の洞門を望むように。ブランコや石窯をつくり、移住者の夫婦を迎え共同炊事場を改装して「亜細亜食堂cago」をオープン。同時にキャンプ場を通称「バルンバルンの森」と名づけ、昨年にはセルフビルドしたギャラリー空間「キツツキ舎」も仲間入りした。

ライフスタイルにも変化があり、2年前賃貸住宅から、キャンプ場から歩いてすぐの距離にある一軒家へと移り住んだ。オレンジ色の大きな三角屋根が目を引く築80年の古い家だ。

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「草刈りも必要だし虫もいますが、すごくおだやかな時間が流れるようになりました。私たち夫婦は昔から仲がよかったけど、より2人での時間を大切にするようになりましたね。”生活”から”暮らし”に変化して、一緒に歩みはじめた感じかな」とじゅんこさん。

和徳さんは、かつては生活よりも仕事を優先しがちだったが、「バルンバルンの森」と出会い、また現在の家に引っ越したことで、より家族の時間を大切にするようになった。


2人の名刺には「森をつくる人」と書かれている。桜の季節に森と出会って以来、心にずっと灯っているのは、「ここを楽しい場所にしたい」という想い。鳥のさえずりや葉ずれの音、夜空の数えきれないほどの星。スケッチを描くように一つひとつ森をはぐくんできた。

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「来てくれた人が元気になれる場所にしたいし、私たちももっと新しい景色を見たいですね」
森にはこれからも、まだ見ぬ景色がたくさん生まれていく。


文:三浦翠  写真:高巣秀幸
全文は本誌(vol.20 2016年12月号)に掲載


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