桐生市、温故知新の「手仕事」に出会う1日レポート

「西の西陣、東の桐生」といわれた織物の一大産地、群馬県桐生市。

県の東南に位置し、東京からは車で約2時間、電車なら約1時間半の距離にあります。昔ながらの風情ある織物工場や、土蔵造りの店舗が街中に点在し、最近はレトロな建物を活用してお店を開いたり、ものづくりをしている人が増えています。

自治体でも「きりゅう暮らし応援事業」を積極的に展開しており、桐生に定住する人を対象にした制度が充実しています。実際に制度を活用し、ものづくりで起業している人もいるほどです。それも繊維業にとどまらず多種多様なジャンルで。そこで、今回は広く“手仕事”をテーマに、2018年12月、桐生市内の1日ツアーを開催しました。桐生でどのように暮らし、どう働いているのか、ツアー参加者の方々の率直な感想ととともに、リアルな桐生生活をお伝えいたします。

午前:桐生のメインストリートを歩

東京駅からバスでのんびり走ること約2時間半。到着したのは桐生天満宮です。

関東五大天神の一つで、桐生市はこの天満宮を中心に、街並みが形成されたという街の中心スポットです。ここでは毎月第1土曜日に古民具骨董市が開かれていて、今回のツアーも開催日当日。

境内には古着物や古布、骨董品や生活雑貨など、毎回80もの露店が並ぶといわれています。この日も、関東三大骨董市に数えられるのも納得のにぎわいです。

境内だけではなく、桐生天満宮からまっすぐ延びるメインストリート、本町通り周辺でも骨董市に合わせて個性的な市が立っています。「買場紗綾市(かいばさやいち)」「machiyaマルシェ」「我楽多市」「ちょいにげマーケット」「桐生楽市」など、市を巡るだけでも1日中楽しめそうなほどの活気です。

そんな本町通り沿いに、帽子製造の「com+position」がありました。市の制度を利用してリノベーションし、2018年3月にオープンした帽子製造のショップ兼工房です。

店内にはオリジナルの帽子や帽子の木型が整然と並び、帽子づくりを垣間見られるコーナーもあります。軽快なミシンの音とともに、1本の糸が目の前でみるみる“帽子”に仕上がっていく様子に、参加者の方たちからも「すごい!」と歓声が上がります。

「桐生は織り、刺繍、染色、レース、ニットなど、あらゆる工場が近場にあって、ものづくりに最適な環境です」と語るのは代表の齋藤良之さん。埼玉県出身で、Iターンで移り住んだそうですが、早くも桐生の暮らしに馴染んでいる様子です。第1、第3土曜には、桐生の生地を使ったスーツやワンピースのオーダーを請け負うなど、立地を生かした店舗展開に意欲的です。

「com+position」から徒歩約2分、本町通りから路地に入った所に「Ladybird press」があります。ここはレトロな活版印刷機を使って、名詞やポストカード、ステーショナリーを製造、販売しているお店です。

運営している杉戸岳さんは、もともと東京のデザイン会社で働いていましたが、印刷機を入手した8年前に地元、桐生に戻ってきました。「地元の友人も多いですし、僕のようなUターン者だけではなく、Iターンの受け入れにも寛大な土地柄です。スローライフがしたくて戻ってきましたが、自分のペースで働けますし、第一土曜は骨董市効果で繁盛しています」と語る表情からも、仕事も暮らしも充実していることが伝わってきます。

この日のランチは「PLUS+アンカー」へ。
本町通りをさらに南下し、両毛線を超えた先にある一軒家カフェです。

こちらのお店は地元の不動産会社が運営していて、カフェとしてだけではなく、地域と人をつなぐコミュニティスポットとしても機能しています。桐生で働きたいという人と、空き地・空き家・空きビルを結ぶ活動もしており、結んだ縁のフォローアップにも力を入れています。

店長の川口雅子さんは「10年ぐらい前から移住したいという人の相談は増えています。ここ何年かは特にその傾向が強いですね」と教えてくれました。カフェに来たついでに相談できそうなアットホームな雰囲気で、参加者の方たちからも「また来たい」という声が続出です。

午後 さらにディープな手仕事の世界へ

お腹が満たされたところで向かった先は、かなりの急勾配の坂を登ったところにある「リップル洋品店」。
腹ごなしにしてもちょっときつい道のりですが、お店から一望できる桐生の街並みや、毎月1~7日のみオープンする店内に並ぶ全品1点モノの洋服や小物を前に、参加された方たちの目も輝きます。

岩野開人(はるひと)さん、久美子さんご夫妻が営むお店には、開人さんが染め上げ、久美子さんがデザインを手がけ、桐生の腕利きの職人さんが縫製を手がけた洋服がずらり。染めを独学で学んだそうですが、色鮮やかな店内にいるだけで心が浮き立ちます。

「私たちは桐生生まれ、桐生育ちです。人と人とのつながりを大切にした街で、新店舗の情報なんてネットニュースより早く入ってきます。毎日が楽しいです」とさわやかに語ってくれました。

若手のものづくりスポットを巡ってきましたが、次に訪れたのは桐生で140年の歴史を刻む刺繍加工の老舗「株式会社笠盛」。桐生の街を印象づける、のこぎり屋根の織物工場を今に残す老舗で、毎月第3金、土曜のみ開設している本社工場併設のファクトリーショップにお邪魔しました。

店内に入って、多くの方の目が釘付けになったのが「000(トリプル・オゥ)」。
テクノロジーと熟練の職人技が融合して完成した、オリジナルブランドです。金属アクセサリーさながらの光沢をもち、身につけた時の軽さ、肌触り、そして見れば見るほど細やかな刺繍加工が秀逸です。笠原康利社長や000を立ち上げた片倉洋一さんを質問攻めにするほど、参加された方達も興味津々。お話を聞けば聞くほど技術力の高さに感心されていました。

さらにバスを走らせること約15分。
桐生天満宮近くまで戻って「ふやふや堂」というユニークな店名の本屋さんへ。ここは「マップデザイン研究所」が運営する小さな店舗で、店主の齋藤直己さんは地図デザインを本業としています。

「大学進学を機に東京に出て10年、京都で5年暮らして戻ってきました。仕事上、パソコンがあれば都会にいなくてもできるので」とUターンを決意。元織物工場を事務所に改装し、月曜の夕方と金曜の午後の週2回と、第1土曜日のみ“本屋”を営業しています。

店内に並ぶ本は、齋藤さんが仕事で取引している出版社の他に、ミシマ社や夏葉社や関西の出版社のものが中心。「好きな本というより応援したい出版社の本が中心」というセレクトで、大型書店とは一線を画した、つい長居してしまう穏やかな空気が流れていました。

最後は「ベーカリーカフェレンガ」でミニ交流会。
移住して3年になるという会員制ドッグラン「FORESTRIP(フォレストリップ)」を運営する吉田聡子さんが合流。桐生市の「空き家・空き地バンク」で物件を見つけ、翌年にドッグランをオープンさせた話を生き生きと語ってくださいました。

桐生市では吉田さんが利用された「空き家・空き地バンク」の他にも、住宅の購入やリフォーム、空き店舗の改修費用、工房の新規開設費用(家賃または改修費)など助成があり、“桐生に住む”だけではなく“桐生で働く”ことへのサポートを積極的に行っています。

こうした制度とともに、桐生の“手仕事”のクオリティの高さ、人と人とのつながりの温かさを感じずにいられません。

「作家さんや作り手の想いを知って、モノだけではなく桐生という街に愛着が湧いた」「『毎日楽しく生活している』という言葉が印象的でした」「もっと桐生のことが知りたくなった。休日を利用して桐生に足を運びたい」という感想を多くいただきました。

ベーカリーカフェレンガで人気No. 1の「のこぎり屋根のフレンチトースト」をいただきながら、桐生への関心、親しみが高まったことを再認識した参加者の方々。帰り際にも「また桐生に行きたいです」と笑顔で手を振る方が多かったことからも、桐生が住む人も訪れる人もワクワクさせる街であることを伺い知ることができるツアーでした。

写真:内田麻美 文:浜堀晴子

                   

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